Marketing Column

製造業のデジタルマーケティングが
うまくいかない理由

この記事を読むのに必要な時間:約8分

営業人員の拡大・確保が難しくなる中、製造業におけるデジタルマーケティングは、その潜在的な期待度の高さから多くの企業が積極的に取り組んでいます。しかし、さまざまな取り組みを行っているものの、期待通りの成果を実現している企業は少ないのではないでしょうか。

経営層からは「ROIを報告せよ」とプレッシャーが強まる中、教本を読み、セミナーに参加しても、出てくるのは一見して製造業との関連が見えにくい成功事例ばかり。

本記事では、製造業のデジタルマーケティングがなぜうまくいかないのか、その理由を紐解いていきます。

導入したツールが「使えている気がしない」のはなぜか

導入したツールが「使えている気がしない」のはなぜか

CRM、SFA、MA…導入はしたけれど

「デジタルマーケティングを強化するために、CRM、SFA、MAツールを導入しましょう」――コンサルタントやトップマネジメント層からこう提案され、数百万円から数千万円のコストをかけてツールを導入した製造業企業は少なくありません。

しかし、導入から数年が経過した今でも「本当にうまく使えているのだろうか」「そもそもこのツール、うちに必要だったのか」という疑問が消えない。そんな声をよく耳にします。

よくある現場の状況:

  • SFA(営業支援システム):営業担当者が商談情報を入力するが「最低限の項目だけ埋めて、詳細は自分のメモや記憶の中に残している」という状態。結局、営業の頭の中にしか活きた情報がない
  • MA(マーケティングオートメーション):メール配信機能は使っているが、顧客スコアリングやシナリオ設計は「よく分からないから、区別して使っていない」展示会後の一斉メール配信ツールになってしまっている
  • CRM(顧客関係管理):顧客の名刺データは漏れなく入っているが、誰が・いつ・どのようにその情報を使うのかが曖昧。「とりあえずデータは入れているが、戦術的な活用方法は分からない」

この背景には、各ツールが想定している「デジタルマーケティングの世界観」と、製造業の商習慣や営業プロセスが根本的にズレているという問題があります。

ツールが前提とする世界観と、製造業の現実のギャップ

多くのマーケティングツールは、オンライン上で情報収集や決済が完結するような、SaaSまたはECなどのビジネスモデルを主軸に設計されています。つまり:

  • 顧客がWebサイトで商品情報を見て、自分で意思決定し、オンラインで購入する
  • 購買サイクルが短く(数日〜数週間)、関与者も少ない(本人または上司の承認レベル)
  • 顧客・個人データの多くがデジタルで取得でき、リアルタイムで分析ができる

しかし、製造業の現実は全く異なります:

  • 顧客は展示会・営業/販売代理店の企業訪問・技術サポートなど、オフラインの接点を重視する
  • 購買サイクルが長く(数ヶ月〜数年)、関与者も多い(技術・購買・経営など部門をまたぐ複数人)
  • 顧客データはキーマンとの直接的な会話、営業担当との日々のやり取り、工場視察など特定イベントでの意見交換など、デジタル化されていない重要情報が膨大にある

このギャップを接続しないまま、ツールだけを導入しても、「使えている気がしない」のは当然かもしれません。

「そもそもツールは必要なのか」という根本的な疑問

さらに深刻なのは、「このツール、うちに本当に必要なのか?」という疑問を抱えたまま、使い続けている(あるいは使わなくなっている)ケースです。

営業からは「今まで通り、直接顧客と会って話をするのが一番効率的。ツールに細かく入力する時間があるなら、もう一件訪問したい」という声が上がり、マーケティング担当者も「ツールの導入や使用自体が目的化してしまい、本来の目的が段々と見えなくなっている」と感じている。

経営層からは「ROIは?」「成果は?」と問われるが、ツールを導入したことで何がどう変わったのか、数字で示すのが難しく、プレッシャーだけかかる嫌なモノという扱いに。こうした状況が続くと、「やはり製造業には合わないのでは」という諦めに近い感情すら生まれてしまいます。

横文字だらけのマーケティング用語、みんながそれぞれの解釈で会話をしている

横文字だらけのマーケティング用語、みんながそれぞれの解釈で会話をしている

インサイドセールス、リードナーチャリング、MQL…そもそもの目的や定義は?

デジタルマーケティングを学ぼうとすると、次々と横文字の専門用語が出てきます。

  • インサイドセールス:内勤営業?テレアポの言い換え?そもそも製品を売った経験がないけど、、
  • リードナーチャリング:見込み顧客の育成?具体的には何をするの?顧客と直接会話した経験もないけど、、
  • MQL(Marketing Qualified Lead):マーケ部門が見込みありと判断した顧客?商談経験がないのに何を基準にそんなことが決めれらるの?
  • THE MODELのようなデジマケ教本:マーケティング・インサイドセールス・フィールドセールス・カスタマーサクセスの分業モデル?人数も部署連携も全く足りていないんだけど…理想と現実が乖離しすぎてない?

こうした用語やスキームを理解しようと、マーケティングの書籍を読んだり、セミナーに参加したりするのですが、出てくる成功事例はSaaSやEC中心のビジネスモデルで、一見すると製造業との関連性が低そうなものばかり

本質的に製造業のデジタルマーケティングで必要なことは何か?

この疑問は、非常に重要です。当然ながら横文字の用語を使って社内資料を準備することが目的ではなく、自社のビジネス・業績を成長させることが目的だからです。

製造業のマーケティング担当者が本当に知りたいのは:

  • 「インサイドセールスが必要」ではなく、「展示会やWebで獲得した「商談に繋がりそうな顧客の声」をどうやって営業マンに素早く、的確に届け、ビジネスに繋げるのか」
  • 「リードナーチャリングをしましょう」ではなく、「今すぐの商談はない顧客と、どうやって良好な関係性を維持し、次の商談機会まで自社への興味・関心を繋ぎとめるか」
  • 「MQLをKPI設定しましょう」ではなく、「営業マンから『これはぜひ後追いしたい』と言ってもらえる引き合い情報を、どうやって生み出し、タイムリーに引き渡すのか」

しかし、マーケティングの教本や研修では、用語の定義や一般論は教えてくれても、製造業の商習慣や組織構造に合わせた具体的な運用方法は教えてくれないのです。

営業とデジタルマーケティング、なぜ連携できないのか

営業とデジタルマーケティング、なぜ連携できないのか

「MQLを渡しました」でも「商談に繋がらない」

デジタルマーケティングの理想論では、「マーケティング部門がMQL(見込み客)を創出し、営業部門がそれを商談化する」という分業が描かれています。

しかし、製造業の現場では、こんな会話がよく聞かれます。

マーケティング担当者:「今月、MAツールで30件のMQLを抽出して、営業サイドに渡しました」

営業担当者:「見込みがあるって言われて渡されたけど、電話しても『情報収集として資料を見ただけで、特に相談の目処はない』って言われた。これ、本当に見込み客なの?」

マーケティング担当者:「Webサイトで資料をダウンロードして、メールも開封しているから、見込みがあると判断したんですが…」

営業担当者:「資料をダウンロードしたからって、買う気があるとは限らないでしょ。うちの業界は、直接訪問、会話して、技術的な課題を聞いて、それで初めて見込みがあるかどうか分かるんだよ」

このズレの背景には、MQLの定義が、デジタル上の行動(Webサイト閲覧、資料DL、メール開封)に偏りすぎているという問題があります。

製造業の営業マンが「見込みがある」と判断するのは:

  • 顧客と直接会話をして、「今期中に選定や設備更新を検討している」と聞いた
  • 技術営業が訪問して、「こういう課題があるんだけど、解決できる?」と具体的な相談を受けた
  • 既存顧客から「次の工場・設備にも導入予定なので、色々とよろしく」と連絡があった

つまり、オフラインでのウェットな接点や、具体的な課題のヒアリングが、製造業では「見込み客」の判断基準になっているのです。

営業とマーケの「見込み客」の定義やKGI・KPIが違う

要するに問題点としては、営業とマーケティングで「見込み客」の定義がそもそも違うことです。

マーケティング部門の考える見込み客:
- Webサイトで複数ページを閲覧した 
- 資料をダウンロードした 
- メールを開封した 
- フォームから問い合わせをした

営業部門の考える見込み客:
- 予算がある(今期または来期の設備投資計画に入っている) 
- 決裁者と接点がある(技術部長や購買部長などのキーマンと会話ができる) 
- 具体的な課題がある(「こういう問題を解決したい」と相談を受けた) 
- 競合との比較段階に入っている(「A社とB社の製品を納期や価格面で比較中」など)

この定義のズレを埋めないまま、お互いがゴールや目標値(KGI・KPI)を設定してしまうため「MQLを渡しました」でも「見込みがない」「商談化しない」という不毛なやり取りが繰り返されます。

「結局、ROIは?」と問われるプレッシャー

そしてツール導入から時間も経ち、トップマネジメント層からは「マーケティングのROIは?」と活動の成果を問われ始めます。

しかし、製造業の商談サイクルが長いため、今月獲得したリードが受注に至るのは半年後、1年後。その間に展示会、営業訪問、技術サポートなど複数の接点があります。さらに商流として商社や販売代理店を通すことも多いため、「どの施策が購買の意思決定に繋がったのか」つまり「マーケティングのROIはどのくらいだったのか」を特定することは極めて困難です。

長期的に顧客に寄り添い、業績貢献することがマーケティング活動の本来の姿であり、粘り強く行動することを前提に取り組みと向き合う必要があります。一方で、仮説でも良いので戦略・戦術を持ち、一部の人員だけでも部署を横断して取り組むことは非常に重要です。それらが振り返りや改善を行うための唯一の判断基準にもなります。

まとめ:デジタルマーケティングと製造業の間にある「溝」

製造業のデジタルマーケティングがうまくいかない理由を整理すると、以下のようになります。

  1. ツールが前提とする世界観(SaaS・EC系が主軸、短期購買サイクル)と、製造業の現実(オフライン重視、長期購買サイクル、多段階の意思決定プロセス)のギャップ
  2. マーケティング用語(インサイドセールス、MQL、リードナーチャリングなど)が、製造業の商習慣に合わせて解釈や定義がされていない
  3. 営業とマーケティングの連携不足(目的のズレ、見込み客の判断基準の違い)
  4. 見ている数字と用語の定義が曖昧で、各部門のゴールと目標値(KGI・KPI)が繋がっていない
  5. マーケティングの教本(『THE MODEL』など)が、そのまま製造業には当てはまる訳ではない(自社や業界のスタイルに合わせて調整、再解釈することが必須)

これらの問題は、一朝一夕に解決できるものではありません。しかし、まず「なぜうまくいかないのか」を現状を理解し、関連する部門全体(商品企画・マーケティング/販促・営業企画・営業・販売代理店等)で活動目的を明確化することが、デジタルマーケティングを推進する第一歩になるかと思います。

デジタルマーケティングの一般論を、そのまま製造業に当てはめようとするのではなく、製造業や自社の商習慣や営業プロセスに合わせて、デジタルマーケティングを翻訳する――この視点が、これから求められていくのではないでしょうか。

【次のステップ】

本記事で取り上げた課題について、「では具体的にどうすればいいのか?」という解決策については、今後の記事でご紹介していく予定です。

製造業のデジタルマーケティングに悩んでいる方々の、少しでもヒントになれば幸いです。

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